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海3章 潮江(その四) [天海山河(海の巻)]

翌朝、茂辰は若宮八幡宮の辺りに目を遣ると、柵が一夜のうちに取り除かれていた。
「これはいったい、何かの策ではないか。誰か見て参れ。」
と、家来に見に行かせた。
家来は帰ってくると、
「敵は社にも慶運寺にも居りませぬ。横浜、御畳瀬より退いておるようにござります。」
と、言った。
「退いておるのか。」
と、茂辰が訊ねると、
「はい。追い討ち致しましょうや。」
と、家来が返した。
「いや、無用じゃ。深追いして、もしも痛手を高じれば、我らも退く機を失う。すぐに朝倉へ戻るぞ。支度致せ。」
と、命じた。
本山勢はすぐさま浦戸城を去っていった。

「どうやら城には少しの兵しか居りませぬな。」
と、江村小備後が言った。
「兄上の言うとおりじゃ。すぐに攻めかかろう。」
と、親貞は命じた。
御畳瀬の山陰に親貞の部隊が潜んでいたのだ。
浦戸城へ攻め寄せると、城兵は手向かうこともせず、逃げ出して、城は自ずと落ちた。
その頃、弥三郎は横浜城を抜き、城主水口次郎左衛門を走らせた。
余談ではあるが、水口次郎左衛門は、その後五台山の唐谷というところに隠れ住んでいたが、山内藩政になって、その系統が名主として召し抱えられた。後のライオン宰相、濱口雄幸はその子孫である。
さて、弥三郎は横浜村の背後、宇津野山に差し掛かった。
それを老臣の一人、川窪空念が見咎めた。
「若様、大殿様が早ようお戻りと仰せにござりますれば、横浜より海をお渡りになられませ。それにここより先は敵の領分。峠には砦もござりますれば、危のうござります。」
と、言った。
弥三郎は山の頂を仰ぎ見た。

昨夜のこと、若宮八幡宮の陣に駆け込んできた伝令は覚世のものではなかった。
「左様に周章てて如何した。」
と、弥三郎が訊ねると、
「お早く陣をお退き下され。」
と、返した。
「どうした。」
「大殿様は備中(吉田周孝)様と今宵岡豊にお退きなさります。」
「父上に何かあったか。」
「仔細存じませぬが、備中様のご采配にございます。」
と、伝令の者は言った。
どうやら自軍は周孝が采配を振るわなければならぬ状況に至っているようだ。
「して、叔父上の言い付けはそれだけか。」
と、吉田重康が訊ねた。
「いえ、柵を寛げ、城より敵を逃がせば、ご舎弟様に攻めさせよと。」
と、答えた。
弥三郎は頷いた。
「囲師必闕の策か。」
「されど、これでは式部少輔の首を討ち取れませぬな。」
と、重康は言った。
確かに、この戦の目途を失するが、一定の価値はある。と、弥三郎は思った。
むしろ覚世が不在のまま長居をすれば、安芸や一条がどう動くか分からない。反ってこちらが危うくなるだろう。
「討ち漏らしたとて、吾川に足掛かりは出来よう。備中らしい理をえた采配じゃ。伊賀介、弥五郎に伝えてくれ。わしはすぐに陣を引き払う。」
と、言うと、すぐに柵を取り除き、横浜へと向かった。

宇津野山には峠に向かって数段の砦が築かれている。
吾川、土佐両郡の境ともあって、守りを固くしている。
弥三郎は、
「我に思うゆえあって、これを攻める。我と意を同じくする者のみ付いてこい。」
と、言い放つと、山道を駆け上がりはじめた。
これに四五十の若い輩が付き従った。
「またうつけの戻りたるか、それとも物の憑きたるか。若様に続け。」
空念は老臣どもを引き具して、若い輩の後を追った。

弥三郎が砦の手前まで来ると、櫓から無数の矢が飛んできた。
長宗我部の若人どもは怯み、後退りした。
弥三郎は矢を刀で打ち払い、
「掻楯を持て。進め、我に続け。」
と、先を駆けていった。
「若様に遅れるな。」
と、森孝頼が真っ先に弥三郎を追った。他の者も先を争って後を追った。
後から駆けつけてきた空念らは、
「ええい、足腰では勝てぬ。若様を助けよ。矢を放て。」
と、砦の櫓目掛けて矢を放った。
その甲斐あってか、砦は一段、また一段と落ちて、峠の砦を守る兵は命惜しさに逃げ出した。
「追え追え。」
弥三郎は若人どもと共に峠を越え、坂を駆け下りて、敵を追い立てた。
敵は一目散に潮江村を通りすぎ、朝倉を指して落ち延びていった。
弥三郎は、麓の孕までやって来ると立ち止まった。
しばらくして、そこへ老臣どもがやって来た。
「やれやれ、やっとお仕舞いでござるかな。」
と、空念が息を切らして言うと、弥三郎は潮江村の上を見た。
そこには事件の発端となった潮江城がある。
「空念、あの城を攻めるぞ。」
と、弥三郎は言った。
空念は驚いた。
城には無数の軍旗が掲げられている。
「何を仰せか。この数にては到底ご無理ござります。」
空念は弥三郎の無鉄砲を諌めた。
「いや、わしには思うところがある。」
そう言うと、弥三郎はまた駆け出した。
「やれ、またそれにござるか。やはり、うつけは一夜で直らぬか。」
空念は足腰に鞭打って、後を追った。

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