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海2章 戸ノ本(その二) [天海山河(海の巻)]

ひょっこりこのような形でついてきたとはいえ、親信には一つ疑問がある。
なぜ、弥三郎は城を守らず戦に向かおうとしているのだろうか。
初陣で弥五郎に遅れまいと焦りでもあるのか。
しかし、覚世が留守の岡豊城は本山にとって格好の標的である。そこで戦もできるというものだ。いずれにしろ、遅かれ早かれ初陣となろう。
覚世も何をしでかすか分からない弥三郎を戦場に連れていくよりは、城に置いて守らせたほうがましだと思ったのだろう。
現に、岡豊には五百の兵が留まっている。
「弥三郎様、何ゆえ我らは人目を忍んで戦に向かわねばならぬのでござりまするか。」
と、訊ねた。
弥三郎はふふふと笑ったように見えた。
「彦一、此度の戦、城を奪い取ったとて、我らの負けじゃ。」
と、答えた。
親信は耳を疑った。
そもそも、戦などしたことがない弥三郎に何が分かるというのだろう。
「何ゆえにございましょうや。」
「父上は敵が中掛けをすると思うておる。されど、長浜は敵の懐。城を奪い返したいと全軍を差し向けてくるであろう。ならば、敵兵は二千は下らぬ。それも明日、いや、今日には決戦となろう。」
と、言った。
なるほど、一理ある。
だが、見よ。この一行が援軍というのであれば、二十そこそこで何ができると言うのか。これでは焼け石に水である。
「して、我らが加わって勝ち目はございましょうや。」
と、親信は訊ねた。
するとまた、弥三郎は笑みを返したようだった。

その頃、覚世は六百の兵を率いて御畳瀬に渡り、長浜城へ向かっていた。
長浜城では、江村小備後の率いる三百の兵が、案のごとく城門を打ち破り、城の奥へと突入していた。
城内では、暗闇の中を周章てた城兵どもが右往左往と走り回り、敵味方もわからず斬り結び、修羅場と化した。
城主大窪美作守は抗することもできず、鷲尾山の尾根伝いに、朝倉を指して落ち延びた。
勿論、城兵は城の主が落ちたことなど知る由もなく、刀を取って向かう者もあれば、取るものも取らず逃げる者もある。
覚世は長浜城に至ると、自ら城に分け入った。
すると、逃げようと城の大手までやって来た城兵が覚世めがけて槍を構えてきた。
覚世は太刀で槍を振り払ったが、穂先が腕をかすめた。
「う。」
と、覚世は唸った。
近くにいた郎党が周章てて駆けつけ、城兵を討ち取った。
「大殿様、お怪我は。」
と、郎党が訊ねると、。。
「大したことはない。かすり傷じゃ。」
と、覚世は返した。
袖からは血が滴り落ちていた。
覚世はすぐに傷口を木綿でぐっと縛り上げた。

東雲の射すころ、城の騒ぎは静まり、江村小備後が城の奥から現れた。
「大殿様、城は我らが手に落ちましてございます。されど、美作の姿は既になく、朝倉に逃げたもよう。すぐに兵を差し向けて来るやも知れませぬ。」
と、小備後は言うと、覚世の腕に目を止めた。
「大殿様、その腕は如何なされたのでございまするか。」
覚世は苦笑いして、
「久しく戦場に立ったゆえ、不覚を取ったものよ。」
と、腕を上げて見せた。
「すぐにお手当てを。」
と、小備後は家来に目配せした。
「案ずるな。浅手じゃ。それより、もはやこの城で敵を迎えることはできぬな。」
と、覚世は言った。
「幸い、近くに慶雲寺なる寺がござります。それを陣屋にいたすのは如何でございましょう。この寺は西に鷲尾山の尾根が走り、そばには堀となる川が流れておりまする。そこは道も狭まり、この城にとっては虎口となるゆえ、戸ノ本と呼ばれて居りまする。」
と、小備後は言った。
「戸ノ本か。よし、そこへ移ろう。尾根に逆茂木をつくり、そなたが陣取れ。浜田と池添を加え、先方といたす。」
と、覚世は下知した。

さて、弥三郎たちはというと、やっとのことで藻洲潟というところに着いていた。
そこは、長浜川を挟んで御畳瀬の南にあり、松の林が岸を覆いつくし、実に見事である。
またそれは、姿を隠すにもちょうど良かった。
しかし、長浜城へ行くには川を渡り返さなければならない。御畳瀬に下りたほうが都合がよい。
「弥三郎様、城へ行くには御畳瀬に舟を着けたほうがようはござりませぬか。」
と、親信は訊ねた。
「わしは城へは行かぬ。若宮へ行く。」
と、弥三郎は言った。
若宮は若宮八幡宮と呼ばれるこの辺りの鎮守社である。慶雲寺から長浜川を挟んで対岸の低い丘の上にある。
丘と言っても砂の吹き積もった砂山で、たいそう足場が悪い。松だけが生え繁り、宮社を覆っている。
到底、陣を敷くには不向きな場所である。
二十の族の中で戦に馴れたものは、この久武親信だけだ。
「恐れながら、あの地にては戦は難しゅうござります。砂に足をとられ、矢の的となりまする。」
と、忠告した。
弥三郎はにこっと笑い、
「ゆえに良いのじゃ。」
と、言った。
分かった上で選んでいるというのか。
親信は唖然とした。
弥三郎は浜に下り立つと、どんどん奥へ進んでいった。
親信らはその後に続いた。
途中、長浜城の落武者が襲いかかってきたが、親信と浜田善左衛門が討ち払った。

弥三郎たちが若宮にたどり着いたころ、夜が明けようとしていた。
若宮からは慶雲寺の辺りがよく見える。
対岸では柵が築かれ、尾根伝いに逆茂木が拵えられている。
兵が忙しく走り回り、軍馬が勇んで立ち上がっている。
数刻もすれば本山の大軍が西の荒野に現れるだろう。
弥三郎は、
「みな、少し休め。敵が現れるまではまだ数刻ある。」
と、休息を取らせた。


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