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海2章 戸ノ本(その四) [天海山河(海の巻)]

既に午の刻三つである。
本山勢がやや押し始め、木戸めがけて群がった。
土埃が舞い上がり、軍馬は嘶き、兵卒は轟を上げる。
本山勢は前のめりに、まさに木戸を蹴倒さんとする。

機は熟した。

「今じゃ。」
弥三郎は谷忠兵衛に合図した。
忠兵衛は手に持つ黄色い旗を棹に掛けて、高々と天に向かって振り上げた。
紺色の月餅紋が蒼い空に靡いた。
「何じゃ、あれは。」
と、覚世が叫んだ。
「大殿、大変のござりまする。若殿があれにお出でにござりまする。」
と、家来の者が飛び込んできた。
「何の真似じゃ。城に居れと言うたはずじゃ。」
覚世は、思わず手に持つ軍配を地面に叩き付け、
「あの道楽者め、死にに来よったか。ならば捨て置け。」
と、吐き捨てた。
本山勢の後陣は月餅の旗を見定めて、
「もはや本隊の堕ちるのは必定、我らが向かいても手柄なし。ならば、少兵の首でもあげて今宵の手柄話にせん。」
と、地面を蹴った。
その様子を見た弥五郎は本陣に駆け戻り、
「父上、兄じゃをお守りくだされ。見殺しにしては我が軍は士気を失いまする。」
と、言った。
確かに曲がりなりとも嫡男を死なせては、敗北の兆しとなる。
「ええい、斯様なときに。豊後よ、そなたが行って連れ戻せ。」
と、弥五郎に付き添っていた秦泉寺泰惟に命じた。
泰惟は三十ばかり兵を引き連れ、弥三郎のもとに向かった。
「若殿様、そこは危のうございます。早よう本陣に参りなさいませ。」
と、声を掛けた。
すると、弥三郎がこちらを向き、
「わしは槍の使い方を知らぬ。指南せよ。」
と、言った。
いったいこの期に及んで何を言うか。
敵は川を越えて既に一町手前まで攻め寄せている。
「早よう答えよ。」
と、弥三郎が催促した。
「目を見て突きなされ。」
と、とっさに答えた。
「そうか。」
と、頷き、
「大将は先に行くものか、後を行くものか。」
と、問うた。
敵は十間手前まで来ている。
しかし、弥三郎は動こうとしない。
「先に行くものにあらず、後を行くもの。」
と、泰惟は答えた。
すると、弥三郎は、
「相分かった。みなわらじを脱げ。」
と、言うと、わらじを脱ぎ捨て駆け出した。
そばにいた親信らも、
「若に続け。」
と、わらじを脱ぎ捨て駆け出した。
「何と。」
泰惟は声を上げ、弥三郎を追わんと駆け出した途端、砂地に足をとられた。
見れば、敵も足をとられて転げ回っている。
弥三郎はそこへ駆け入り、あっという間に敵を二三討ち倒した。
しかし、敵は数に物言わせて、雲霞の如く攻め寄せてくる。
「みなわらじを脱げ、若様を守れ。」
泰惟もわらじを脱ぎ捨て、敵の群れに駆け込んだ。
「こわっぱ死ねい。」
と、本山の兵が弥三郎めがけて刀を降り下ろした。
そこに福留儀重が駆け込み、脇腹を裂いた。
本山の兵は膝を崩して倒れると、息絶えた。
「でかした、隼人。」
と、弥三郎が誉めた。
儀重は顔に飛び散った血潮を拭い、刀を構えると、
「若様を守れ。」
と、回りに声を掛けた。
辺りには槍刀の打ち合う音がこだまする。
敵は新手、新手を繰り出し、襲いかかる。
例え、弥三郎らが地の利を活かした戦をしているとはいえ、多勢に無勢であることに変わりはない。
これを江村小備後が見咎め、
「あれ、若様を死なせるな。若人らを死なせるな。」
と、一騎で敵の群れに駆け込み、四方八方を斬り回して、若宮表へ繰り出した。
それを見た池添源兵衛と浜田久左衛門も加勢した。
敵の陣容は真っ二つに切り裂かれ、中島親吉らが敵の先鋒を突き返した。
茂辰も、吉良民部、宇賀平兵衛、川村四郎左衛門ら屈強の兵を押し立て、長宗我部の本陣に二度三度と討ちかかった。
これに吉田伊賀介重康が弥五郎を補佐して迎え撃った。
「やれ、旗本を狙え。」
弥三郎は本山の本陣が手薄になったのを見て、己一騎で駆け出した。
「小者の首に構うな。若様に続け。」
と、親信も駆け出した。
これを見た江村小備後も、馬手に舵を切り、
「若殿をお助けせよ。」
と、本山の本陣のど真ん中に突撃した。

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