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海2章 戸ノ本(その三) [天海山河(海の巻)]

朝倉城では、本山茂辰が長浜の落城を知って驚いた。
「殿、これが信濃守の本性にございますぞ。」
と、吉井修理亮が言った。
「すぐにでも出陣じゃ。」
茂辰は周章てて出陣の用意を命じた。
「殿、焦りなさいますな。ここは岡豊を攻めるが宜しかろう。」
と、修理亮が進言した。
すると、中島新助という重臣が、
「敵は寡兵にして、我が領分の内にあり。この朝倉には二千の兵がおれば、大軍をもって長宗我部を討つべし。西より攻め立てれば、敵は退いて背水の陣となりまする。さすれば、浦戸より横槍を入れ、信濃守の首を撃ち取れましょう。」
と、言った。
「いや、中島殿、長浜は浜地の上に大軍をもって攻めるには狭き所。信濃守、百戦錬磨の謀将なれば、戸ノ本を支えに戦いましょう。ならば、ここは全軍をもって岡豊に攻め入り、信濃守の背後を討つべし。」
と、修理亮は反論した。
「いやいや、修理殿、中掛けは敵も知るところ。もし岡豊に兵が居残り、我らが手こずれば、それこそ我らが袋の鼠となりましょう。ここは一気に長浜へ駆け入り、長宗我部の兵を討ち果たし、余勢をもって岡豊を攻め落とすべし。」
と、新助は抗した。
これに重臣一同も賛同した。
修理亮もこのまま軍儀を堂々巡りさせても仕方がない。
「ならば、新助殿の申すよう長浜表へ参りましょう。」
と、言った。
「よし、片時も早よう行かねばならぬ。美作守、案内せよ。修理はこの朝倉を守れ。」
と、言うと、茂辰は甲冑をまとい、兵を率いて飛び出していった。
修理亮には一抹の不安が頭をよぎる。
「殿、戦は日輪が西に向くまでお待ちなされ。浦戸の城には入りますな。」
と、声を掛けたが、
「おう。」
と、頷いて、茂辰の胸に刻まれたかは定かでない。
「くれぐれも浦戸には入りますな。」
と、修理亮は茂辰の背に向けて叫んだ。
茂辰の後ろ姿は松明の明かりとともに小さくなり、柏尾の峰を越えていった。

本山軍が木塚というところに至ると、東の空に薄紫の雲が棚引きはじめていた。
兵の数は二千五百に膨れ上がり、ここから一里も行けば長浜である。
茂辰は兵を進め、辰の刻、長浜の西の日出野というところに至った。
そこは南北に長い丘が続き、長浜表が一望できる。
茂辰はここに陣を敷いた。

「若殿様、来ましたぞ来ましたぞ。本山の軍勢にござる。」
と、森孝頼が言った。
弥三郎らは社の柱にもたれ掛かって休んでいたが、聞くや否や飛び起きて、松の木陰から覗き見た。
二千、いや、二千五百はいる。
敵は今や遅しと下知を待っている。
片や味方は一千にも満たない。
川堀と即席の柵、逆茂木を頼りに敵を迎え撃とうとしている。
「若殿様、我らも仕度を。」
と、親信が言った。
「いや、まだ我らは潜んでいよう。」
と、弥三郎は返した。
「戦を致すのではありませぬか。」
と、親信は訊ねた。
「勿論じゃ。されど、今我らがここにおると敵味方に分かっては、奇策にならぬ。」
と、弥三郎は言った。
奇策とは、いったい何を考えているのやら。
そもそも、策など一向に披露していないではないか。
敢えて一つ分かったといえば、弥三郎のいう通り、敵は思った以上の数を揃えて打ち出してきたということだ。
これでは勝ち目がない。
親信は木陰から様子を窺うことにした。

向かいの慶雲寺では、指物が右往左往と頻りに動いている。
覚世は本山の大軍を見て、
「せがれめ、これほどの兵を一夜で揃えたか。」
と、手に汗握った。
頼みの綱はこの戸ノ本の地形と長宗我部の精鋭たちである。
覚世は右翼の尾根に江村小備後、戸の本の口に浜田久左衛門、池添源兵衛を置いて先鋒とし、中備えに秦泉寺泰惟に付き添わせ弥五郎、桑名丹後、同藤蔵人、中島大和守親吉ら屈強の兵を配し、本陣を久武昌源、長宗右兵衛親武をして守らしめた。

東に長宗我部勢、九百。西に本山勢、二千五百。
長浜表は昨夜の豪雨が嘘のように、天高く晴れ渡り、とんびがぴょうと鳴いた。
その時、激しく陣太鼓が鳴り響いた。

永禄三年、五月二十七日、巳の刻。

本山勢は土煙をあげて、戸の本へと殺到した。
先鋒、浜田久左衛門と池添源兵衛は矢を射掛けると、槍を取って駆け出した。
右翼、江村小備後も手勢五十騎ばかりを率いて尾根を下ると、大きく迂回して、敵の横腹を突いた。
小備後は敵の中に分け入り、縦横無尽に槍を振るい、数度往復して、敵の隊列を分断した。
これを後方から見ていた茂辰は、堪らず兵を引き返させ、陣を調えると、また打ち出してきた。
今度は長宗我部勢が押しやられ、戸ノ本の際まで攻め立てられた。
覚世は、
「中備えを前へ繰り出せ。」
と、下知した。
すると、急拵えの木戸が開き、
「これは長宗我部左京進親貞なり、此度初陣つかまつる。」
と、一声して駆け出した。
秦泉寺泰惟らはこれに続けと繰り出して、敵を次から次へと討ち倒した。
弥五郎も見事な槍裁きで敵を討ち倒し、華々しい初陣を飾った。
「見よ、若様のご活躍。続け続け。」
と、長宗我部勢は勢いを増した。
しかし、数に勝る本山勢は新手を繰り出して応戦し、両軍はしばらく戸ノ本を境に一進一退を繰り返した。


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