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天22章 国司下向(その七) [天海山河]

夕闇が辺りを覆った頃、草枕から起き上がった者がいた。
吉井修理である。
「そろそろじゃ、皆を起こし、飯を食わせろ。」
と、修理は家来に命じた。
いったい、本山勢はどこにいたのか。
それは城方が思った通り、山の端の裏に潜んでいた。
しかし本山勢がいると悟られなかった理由は、昼寝をしていたからである。
修理が握り飯を食んでいると、鵜来巣弾正がやって来た。
弾正はすこぶる機嫌が良かった。
「やれやれ、これほど痛快なことはない。」
と、弾正は頬を綻ばせながら、握り飯を口に放り込んだ。
「如何された弾正殿。」
「いやな、不思議でならぬ、不思議でならぬと思うてな。あれやこれやと無い知恵を巡らして考えたところ、ふと合点がいった。それは、この策があまりにも用意周到で、一つの落ち度、いや、あえて言うならば、石垣の隙に毛一本入らぬほどの緻密さと言うべきかな。つまり、この策は貴殿が考えたものと考えればすべてに合点が行く。」
と、弾正は手についた米粒を食み取った。
「弾正殿は誤魔化せぬか。」
「虚仮にいたすな。されど三日は貴殿に謀れたぞ。しかし残り火で飯を炊きはじめた頃には、ふとおかしいとは思うたが。それも先を見通してのことであろう。」
と、弾正は訊ねた。
すると、修理は、
「貴殿の申す通りじゃ。」
と、観念した。
「参ったものじゃ。そのうえ、敵中にて昼寝とは、そこまで知恵がまわるのならば、そなたの策じゃと申せば良いものを。わしまで謀りよって。」
と、弾正は愚痴った。
「悪かった。されど、策とはすべてが見通されては策ではなくなる。人とは不幸なものよ。謀る者が最も下手な芝居をしてしまうものじゃ。現にわしは腹のなかでほくそ笑み、声を張り上げることができなかった。もし貴殿がすべてを知っておれば、尚更、兵の皆が貴殿に合わせ、声を張り上げることがなかったであろう。」
と、修理は応えた。
「やれやれ、よくも言うたわ、敵を欺くならば、先ずは味方からとな。まっこと飯といい、昼寝といい、大胆不敵か、ふてぶてしいか。よくもまあ、昼寝をしても敵が城を出ぬ踏んだものよ。」
「三日三晩、音声を上げて城を囲めば、敵は身を強張らせて、籠り癖がつく。まして、急に兵を引けば、これも策ではないかと疑心暗鬼が生ずるもの。ゆえに、遠見して敵の行方を探し、無論見当たらねば、山蔭から煙が上がっていないかと探すであろう。」
「成る程、唐国の古に漢の将軍が匈奴を攻めた折、敗軍して撤退の最中、無数の飯炉をこしらえて敵の追っ手を防いだときく。飯の煮炊きとは戦場においてまっこと恐ろしきかな。」
「しかるに、何も見えねば、心も萎えて、敵は帰ったものと楽観したいものじゃ。」
「詰まるところ、そろそろ攻め時ということじゃな。」
と、弾正が言った。
「左様。」
と、修理は応えた。
「よし、かがり火を焚け、太鼓を鳴らせ、閧の声を上げよ。」
と、弾正は声を張り上げた。
「弾正殿、くれぐれも此度のことはいっさいがっさい貴殿と某の心のなかに仕舞い込んでくれ。」
「承知承知。」
と、弾正は応えると、馬に飛び乗り駆け出していった。

蓮池城の中では、本山勢が夜襲に現れたと知り、城兵どもが寝ぼけ眼でこれを迎え撃とうとしたが、一度落ちた士気は容易に戻るものではない。腰が砕け、手も足もおぼつかぬ有り様である。
「心萎えては闘えぬ。」
と、はるか向こうから攻め寄せる無数の炎を前にして、城を抜け出し、蓮池城はろくな戦もなく、本山勢の手に落ちた。

この知らせは河後森城を攻める源康政の耳にも届いたが、兵を出すことも間々ならず、歯軋りして、本山茂辰を恨んだ。


天22章 国司下向(その六) [天海山河]

その頃、本山氏の居城、朝倉では、
「殿、好機にござりますぞ。どうやら御所の方にて、騒動がござった様子。蓮池を乗っ取るは、今にござる。」
と、家老の鵜来巣弾正が進言した。
茂辰はつい、吉井修理へ視線を向けた。
修理は苦虫を噛むのを堪え、小さく頷いた。
「よし、弾正、兵を調えてすぐに出立じゃ。」
と、茂辰は返答した。
「承知。」
と、弾正が一声して、飛び出して行くと、修理はその姿が見えなくなったのを見計らい、
「殿、恐れながら、斯様な儀にては、某を見てはなりませぬ。」
と、茂辰に注文をつけた。
「すまぬ。つい、そなたの意見を伺っておこうと思うてな。」
「なりませぬ。」
「ならぬか。」
「なりませぬ。殿のお心の弱さが家臣に映りまする。また、家来は殿がわがことばを信じぬと思いまする。ましてや鵜来巣殿は譜代の臣にござりまする。」
と、修理は言った。
無論、修理は、茂辰が狼狽えるのも無理はないと思った。
すでに、一条方の森山、秋山を手に入れているとはいえ、一条氏は土佐の半分を領する大身である。そのうえ、蓮池は土佐一の大河、仁淀川の向こうにあり、謂わば一条氏の懐から金子をかっ浚おうというのと同じである。
ー亡き梅慶様とて成せぬこと、遺業を継いだとはいえ、武者震いするのも無理はない。ー

それから間もなく、茂辰は六百騎をもって、仁淀川を押し渡り、蓮池の城へ攻め寄せた。
城は辺り一面深田や沼に覆われ、そのなかにぽつんと突き出た丘の上にある。
鵜来巣弾正はこの城を見て、
「この類いの城は厄介至極じゃ。」
と、感嘆した。
すると後ろから、
「左様でござるな。近寄れば足を取られ、上から矢攻めにされ、まさに手も足も出せぬ堅城といったところでござるな。」
と、修理が言った。
「修理殿、感心されては困る。」
と、弾正は憤慨した。
「いやいや、悪かった。して、鵜来巣殿、何か妙案でもござらぬか。」
と、修理は訊ねた。
弾正は、
「某は、あれにある家屋を取り壊し、城へ渡る橋にいたすが良いと存ずる。」
と、城の東にある高岡の集落を指差した。
「成る程、一計にござるな。」
と、修理は頷いた。
その様子に、弾正は少々苛立たしかった。
「では、修理殿は如何か。」
「某か。某には貴殿ほどのものはござらぬ。」
「ござらぬつか。」
弾正は拍子抜けした。
「されど、殿が仰せに、あの家屋を焼き払い、閧の声を上げ、しばらくして兵を引けとのことじゃ。」
と、修理は言った。
「閧の声を上げて、攻めぬとは、殿は如何なるお考えか。」
と、弾正は小首をかしげた。
「某も分からぬ。が、何か意とするところがあってのことじゃろう。」
と、修理は言った。
だが、実は、この策こそ、修理の献策であった。
修理はこのとき、茂辰に華を持たさねばならぬと考えていたのである。
ー一条とて、一朝一夕に落とせた城ではない。殿が此度の戦にて落としたとあれば、武名を土佐中に轟かし、家中の士気も上がるに違いない。ー

修理と弾正は兵を従え、高岡村に火を放ち、大音声を上げた。
城方は慌てて矢倉、塀の矢狭間に身を寄せて、無用の矢を射かけたが、攻めて来ぬと分かると、寄せ手の様子を窺った。
本山勢はこれを三日三晩繰り返したのである。
どれが本当の閧の声か分からぬ城方は戦々恐々の面持ちで、寝るに寝付けず、気の滅入る者まで出てきてしまった。
すると、次の朝、城下を見れば、寄せ手は一人もいない。
「さては我らが安心して、城から出たところを襲おうというのではないか。」
と、城方は四方に張った矢倉から山の端々を見遣った。
しかし、敵の気配はない。一日経っても、敵が舞い戻ってくる様子もない。
「さては弘岡に帰ったか。」
と、城方の兵どもは胸を撫で下ろした。
そして城兵どもは、一人、また一人と、まどろみに落ちていった。



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