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天16章 亡城(その六) [天海山河]

 佐竹掃部頭と福井玄蕃のもとに家忠からの報せが届いた頃、岡本城攻めは遅々として進んでいなかった。
 岡本城は反り立つ崖の上に立つ要害である。
 下手に手を出せば相当の痛手を蒙るのは明らかである。
 しかし、この城は姫野々に続く街道の途中にある。落とさず進めば、敵に背後を突かれ、総崩れになるのは必定である。
「城を囲んで早三月が経つというのに、なかなか兵糧、水、ともに切れぬものよ。何か手を打たねば。」
 と、佐竹掃部頭は爪をかんだ。
 掃部頭は元来野戦を得意とし、恵良沼での戦ぶりは見事であったが、それに反して城攻めは大の苦手であった。
「佐竹殿、どうやらこの城は高い崖の上にありながら、背後にそびえる峰々から伏流する水脈があると存ずる。それに兵糧も尾根を伝って運びこんでいるのであろう。ここは一計を案じては如何か。」
 と、福井玄蕃が言った。
「玄蕃殿に何か妙案がござるか。」
「幸いにも、あの城の兵どもは皆、この土地の者ではごおざらぬ。であれば、われ等がこの土地の者だと言うても城の者は誰も気付かぬ。」
 と、玄蕃は妙な事を言い出した。
「それはそうじゃが、それがどうしたのいうのじゃ。われ等が城に出向いて、この土地の者じゃと言うたところで、城の者は怪しんで城などに入れまい。」
 と、掃部頭は首をかしげた。
「いやいや、当方から城に参るのではない。あちらから訪ねさせればよいのじゃ。」
「はて、貴殿は根っからの謀計の士ゆえ、味方の某とて頭をかしげる物言いよ。いったい、あちらから訪ねさせるとはどういうことか。」
 掃部頭は少々苛立った。
「すまぬ、すまぬ。ようは一度兵を退くのでござる。しかしこれは方便。安和のあたりまで引き返し、領民に化けてもう一度これへ戻ってくるのでござる。」
「ほう、それで敵がどうやって城から出てくるというのじゃ。」
「敵は長きに及ぶ籠城で息が詰まっておろう。ちょうど明後日は盂蘭盆じゃ。その夜に踊をもようせば、敵は警戒を解いて城から出てくるやもしれぬ。」
「なるほど、上手くいくかゆかぬかは分からぬが、一案であるな。しかし、急に退いては怪しまれはしまいか。」
「では、大野見を通って姫野々へ行くとふれ回りましょう。大野見が落ちたという報せもござれば、幸い、辺りには敵の間者がうろちょろしておりましょう。その者らに聞こえるように。」
「よし、ではそう致そう。」

 翌日、掃部頭らは全軍に向かって、
「これより、大野見より姫野々へ向かう。陣を退き払え。」
 と、命じた。
 無論、兵の中に誰一人として掃部頭と玄蕃の意図を知る者はいなかった。てっきりそうだと思い込み、慌てて陣を退き払い始めたのである。
 策略は二人だけの秘密だったのだ。

 そうとは知らない津野方の間者は城に戻って、そのことを報告した。
「何、佐竹どもが大野見を通って姫野々へ向かうじゃと。さてはここは通れぬと見て、観念したか。」 
 と、本山実茂はふっと肩の荷を下ろした。
「本山殿、ここは打って出ては如何か。」
 と、大平元国が訊ねた。
「それには及ばぬとも。あのような山道を行けば、昼夜を通しても三日はかかるであろう。たどり着いたときはへとへとよ。きっと、大野見が落ちて焦っておるのじゃ。明後日、再び姫野々で相見えるといたそう。皆の者、それまでくつろげ。」
 と、本山実茂は兵士どもに下知した。

 さて、安和まで退いた掃部頭らは近隣の村人から衣を貰いうけ、数百余の兵士を百姓に変装させた。
 無論、女もいなければ敵に怪しまれる。
 玄蕃は、
「これが土佐の八金じゃ。」
 と、戯れて、若い兵士どもに女の衣を着せ、紅を塗り、ほっかむりをさせて、岡本へと舞い戻ってきた。

 夕刻、城下を窺っていた物見番があちらこちらから現われる百姓に気がついた。
「さては百姓どもが戦が終わったと思って戻ってきたか。」
 しばらくすると、百姓どもは河原のほうへと集り、木を集めて火をおこし、お囃子をたてて舞い始めた。
「はて、施餓鬼会であろうか。」
 お囃子の音を耳にした城の者どもが、身を乗り出してお囃子のほうを見遣った。
 お囃子は次第に大きくなり、百姓どもは荒れ狂うように舞いだした。
 城兵どもはしばらく怪しんで様子を見ていたが、一人の者が、
「どうやらこのあたりの盆踊りで相違ないな。」
 というと、続いてもう一人が、
「今宵はゆるりとせよということよ。われらもあれに加わらん。」
 と、合いの手を入れ、城から抜け出すと、また一人、また一人と、次から次へと城兵が城を抜け出して行った。

天16章 亡城(その七) [天海山河]

 城兵どもは河原へと行き、一人の男に声を掛けた。
「これ、亭主、なかなかにぎやかではないか。わしらも宴に入れてくれ。」
 男は振り返り、
「これはお侍様。ようござりますとも。ささ、どうぞこちらへ。」
 と、愛想よく招き入れた。
 城兵どもは喜んで宴の輪の中に入った。
「お侍様、御神酒をどうぞ。」
 と、男は酒を勧めた。
「おお、これはありがたい。いただくとするか。」
 と、城兵どもはすっかり安心しきっていた。
 男は城兵どもに酒を注いで回った。
「おお、これは上手い酒じゃ。この地の酒か。」
 城兵の一人が訊ねた。
「へえ、左様にござりまする。酒は土地の水で変わると申します。ところで、お侍様はどちらのお方でござりまするか。」
「わし等は本山郷の者じゃ。」
「はあ、左様で。それはそれは遠いところをわざわざ。ご足労にござりまする。」
「ははは、まっこと、ご足労よ。三月も城の中にあっては鬱憤が溜まるというものじゃ。今宵は久々にくつろいだ酒が飲める。」
 と、城兵は大きく両手を広げた。
「左様にござりまするな。左様にござりまするな。」
 男はそう言いながら、ちらりと城のほうを見た。

 城門は閉じられているが、指物が動いている様子はない。
 それに城に続く道には人影がちらりちらりと見える。
 城から兵士どもが自由に出入りしているのであろう。
 昨日とは打って変わった様子だ。
―さては、門には栓がなされておらぬな。―
 男は傍らにいた男に目配せした。
 傍らにいた男は頷き、酒樽を背負って城門の前まで進むと、
「某は岡本村の権兵衛でござる。今宵は盂蘭盆にござる。皆々様、ご先祖の御霊を慰み給え。慰み給え。」
 と、酔った声で口上した。
 すると、城門が小さく開き、中から城兵が顔を出し、
「何じゃ。百姓の酔っ払いか。」
 と、男の顔を見た。
 案の定、門には横木がはめられていなかった。
「いかがでござる。戦も収まったようでござれば、御神酒を召し上がられては。」
 男の誘いに、城兵も顔をほころばせ、
「それはよいことじゃな。神妙なり、神妙なり。」
 と、酒樽を受け取って、酒盛りを始めた。
 男はつぶさに城の様子を窺い、戻ってくると、藪のほうへと姿を消して行った。
 
 藪の中には福井玄蕃が潜んでいた。
 玄蕃は城の様子を聞くと、
「そうか。よし、そなたはもう一度城に戻って頃合を計り、火をつけよ。それが城攻めの合図じゃ。」
 と、男に酒樽を渡して、再び城へと向かわせた。

 しばらくして、城のほうから火柱が立ち上った。
 すると、川の下流のほうから、鬨の声が上がった。
 河原に出ていた城兵どもは酒によって寝そべっていたが、驚いて飛び起きると、赤々と燃え上がる城が目に入った。
「なんじゃ、火事か。」
 と、城兵の一人が声を上げた。
「火事ではない。あれは敵の仕業じゃ。」
「しもうた。まさか・・・。」
 と、振り返ると、さっきまで酒を酌み交わしていた村人がこちらに狙いを定めて、わっと襲い掛かってきた。
「謀られた。」
 城兵どもは慌てて逃げ出すと、城を顧みることもなく、我先にと本山を指して落ちて行った。
 こうとなっては、本山、大平の二千の大軍も所詮は烏合の衆である。
 何よりもおのれの命が惜しい。
 城兵は抗することもなく、四方八方、蜘蛛の子を散らすが如く逃げ出した。
 雑踏の最中、本山実茂は何とか城から抜け出したものの、このとき負った傷がもとで、しばらくしてこの世を去った。
 一方、大平元国はとるものもとらず城から逃げ出して、蓮池城へ飛び込むと、城門をしっかと閉じて引き籠ってしまった。
 こうして、岡本城は一晩であっさりと落ちてしまったのである。
  
 佐竹掃部頭と福井玄蕃は兵をまとめると、姫野々を目指して出立した。
 姫野々にはすでに土居家忠の率いる二千の軍勢が城を取り巻いていた。