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天24章 御畳瀬へ(その一) [天海山河]

土佐の沖を一隻の帆掛け船が西から東へとゆっくりと進んでいた。
この船の主は高島与十郎という若い商人である。
この時、与十郎は頭を抱えていた。
それはこの船の中を見れば一目瞭然である。
いつもであれば白磁青磁、米を積み、数艘の荷船を従えて急いでいるところを、この度はがらんと空いた舟倉を与十郎は虚しく眺めていたのである。
当時、堺や都では白磁青磁は珍重され、また畿内では戦乱で田畑が荒れ果て、米が不作となっていた。
堺に棚を持つ与十郎は、件のごとくいそいそと土佐中村へやって来たのだが、伊予の役が長引くと、いつまで待っても唐荷の舟は来ず、はたまた米も兵糧に送られて、何一つまともなものは手に入らなかった。
「これでは我が舟の品は唐物ではなく、空物と謗られよう。とんだ頃に来たものじゃ。」
と、嘆いた。
ふと、与十郎は、幼き頃、父につれられ土佐にやって来た時のことを思い出した。
与十郎は階(きざはし)を駆け上がると、陸に視線を遣った。
「やれ、水主よ。あれは何処か。」
と、遥かに見える湊を指して問うた。
「あれは前浜にござる。」
と、水主は答えた。
「確か、ちょ、ちょう、ああ、何と言ったか。」
「長宗我部様でござるか。」
「そうじゃ、長宗我部じゃ。水主よ、すまぬが急ぎあの湊に着けてくれ。」
と、与十郎は水主に恃んだ。
水主が舵をきると、船は風を帆に受けて、すいすいと湊へと進んでいった。

与十郎は陸に上がると岡豊の覚世のもとを訪ねた。
「そなたは確か御所の供御※であったな。」
と、覚世が訊ねた。
「はい、京、堺にて商う唐物を仕入れておりまする。」
と、与十郎は答えた。
「ほう、珍しいものを扱うのじゃな。して、左様なものを商う貴殿が、何ゆえわしのような田舎者に挨拶しに参った。顔でも伺って来いと御所に頼まれたか。」
と、覚世は若い与十郎の顔を見て、にやりと笑った。
「滅相もござりませぬ。」
と、与十郎は神妙に応えた。
「わはは、冗談じゃ。貴殿の顔を見れば分かる。何か困り事じゃな。塩か、油※か、それとも材木か。」
と、覚世は訊ねた。
「恐れながら、どれも頂きたき品にござりまするが、此度は米を頂きとうございます。」
と、与十郎は答えた。
「米か。左様に容易いものが欲しいのか。」
「はい、畿内にて米は唐物に比する危急の品にございます。」
と、与十郎は頭を下げた。
「ほう。」
と、覚世は一歩歩み出た。
「かつて貴殿の親父殿が米を西海諸国に売って、砂糖、種子島※を買い求めておったが、此度は米を畿内に売ると申すか。」
「はい、今や堺は種子島を買い求めませぬ。鉄砲はこちらから売るものにございます。」
と、与十郎は答えた。
「何、堺は種子島を自前しておると申すか。」
「はい、堺はその富にて、すこぶる栄えております。人の数も京を凌いでおります。」
「それほどに堺は栄えておるのか。」
「それゆえ、堺は畠山、三好に狙われてります。」
「ふむ、では堺の衆は畠山や三好と戦をする気か。」
「いいえ、無論、我らを滅ぼすとあれば、それも厭いませぬが、商人とお侍様は共に居らねばどちらも立ちませぬ。その事は畠山、三好も心得ておりましょう。」
と、与十郎は答えた。
「では、堺はどちらに付く気じゃ。」
と、覚世は訊ねた。
「どちらにも付きませぬ。」
「ほう、何ゆえ。」
「畠山や三好だけではござりませぬ。何処のお大名様にも味方致しませぬ。故に堺の町はぐるりと堀に囲まれておりまする。」
と、与十郎は答えた。
「それでは城であるな。なるほど、読めたぞ。大名に殺し合いをさせる気だな。さすれば世を牛耳るは将軍や侍ではなく、商人と言うことになるな。」
と、覚世は言った。
「いえいえ、左様な大それたことは考えておりませぬ。何処かに我らの商う物が要るというのであれば、誰彼と問うことなく品を売る。そんなしがらみのなき商いが出きれば良いのでございます。これが供御人と言うものにございます。」
と、与十郎は毅然として己の有り様を陳べた。
覚世はこの若い商人が気に入った。
覚世は、商人というものは迎合するものと、常々思っていた。
しかし、与十郎はそうではない。率直にものを言うので、内股膏薬のような感がない。かといって嫌味もなく、土佐人には心地がよい。
覚世は、
「げに天晴れじゃ。貴殿に米を遣ろう。欲しいだけもって行け。」
と、与十郎に領内での自由な米の商いを認めた。
与十郎は喜んで舟倉に積めるだけの米を買い付け、それを荷駄車に乗せて岡豊を後にすることにした。
与十郎の船では石清水川の浅瀬を渡ってくることは出来ないのである。
去り際に、覚世は与十郎を呼び止めて、
「今後はわざわざ岡豊に来ずともよい。浦戸口の種崎にて買い付けよ。平舟にて米をそこへ送って置く。」
と、言った。
与十郎は礼を言うと、何度も振り返ってはお辞儀をし、岡豊を去っていった。


※供御(くご)人: 朝廷や公家に出入りする御用商人。地方に出掛けて珍しいものを仕入れ、畿内へ運んだ。中世には京や堺、奈良に座を形成した。
※油: 鰯など青魚の油。行灯の明かりに使う必需品であった。
※種子島: 鉄砲のこと。


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