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天22章 国司下向(その四) [天海山河]

実はその夜ことは詳しく伝わっていない。
しかし、その夜に起こったことは孫次郎という十歳の童の心に深く刻まれることとなった。

寝所で寝ていた孫次郎は不意に尿意をもようして床から起き上がると、広間の方から人の騒ぎ声が聞こえてきた。
孫次郎はさっさと小便を済ますと、広間のふすまを少し開けて、中を覗いてみた。
するとそこには見知らぬ男が五六人、酒をあおって、騒いでいるではないか。
しばらく様子を見ていると、一際豪奢な服を着た男が、
「はて、越後守の顔がしばらく見えぬが何をしておるのか。」
と、辺りを見回した。
「大殿様、きっと越後守は雪隠にございましょう。あれほど大殿様に酒を飲まされては竿がもちますまい。」
と、周りの男どもが笑った。
その途端、向かいの戸が開き、
「上意にござる。」
と、鎖帷子を纏った侍どもが飛び込んできた。
「謀れたか。」
と、言うや否や、男どもは斬りつけられた。
火の明かりの中に、深紅の飛沫が舞い上がる。
それはふすまの隙間をすり抜けて、孫次郎の顔を生暖かく濡らした。
「わしを差し置いて、上意とは何事か。」
豪奢な服を着ていた男が、侍どもを恫喝した。
すると、扉の奥から一人の男が現れた。
「貴様。」
豪奢な服の男は怒りに満ちた声でそうなじった。
「めっそうもない。これは上意(兼定)にござりまする。」
と、男は応えた。
「戯言を申すな。貴様の謀であろう。」
と、豪奢な服の男は罵倒した。
「謀とは。ならば、入道様のお振る舞いは如何か。もはやすべて露見しておりまする。」
と、男は返した。
「くっそう。」
豪奢な服の男は、手に持っていた杯を男の顔に目掛けて投げつけた。
男はそれをさっと避け、そばの侍に合図した。
「御免。」
侍は真一文字に刀を払い、豪奢な服の男を斬り伏せた。
「越後殿、お見事。」
男はそう言い残して、その場を去った。
孫次郎はただ、その様子をふすまの陰から息を殺して見守っていた。


それからしばらくして、土佐の沖を一艘の船が下田の湊を目指して進んでいた。
「これが土佐か。」
船上に立つ若い男は遥か彼方に青く輝く山並みを仰ぎ見た。
これが青年国司、一条兼定の土佐入りである。



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