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天21章 物部川(その二) [天海山河]

これを境に、一気に山田方は崩れた。
久保宗安は降伏し、それに連なる小豪族も次々に従った。
ただし、萩野織部だけは従わず、本山氏を頼って落ちていった。
取り残された山田基義はしばらく身を隠して潜んでいたが、ついに精魂尽き果て病に伏すと、国康に降を願い出た。
「大変にござる。左衛門大夫殿、弥四郎なる者が降伏の書状をもって参りましたぞ。」
と、仙頭秀家が飛び込んできた。
国康はいつものことと思い込み、
「降伏などいつものことではないか。今日はどこの者じゃ。」
と、訊ねた。
「山田にござる。」
「山田。」
「左様、山田治部少にござる。」
「何。治部少か、いったい何処にいたのじゃ。」
「山奥の社に潜んでおったようたにござる。」
「では、早速その弥四郎なる者に案内させ、治部少をここへつれて参れ。」
と、国康は言った。
すると、秀家は、
「それがこの弥四郎、治部少の子でござりまして、申すに、治部少は病の床にて、もはや立てぬそうにござる。」
と、言った。
「何と、三千貫の大家がさほどに侘しくなるとはな。」
と、国康は呟いた。
「今は治部少と弥四郎の二人で隠れていたようで、従う者は一人もなしと。」
「敵とはいえ、憐れじゃのう。」
「まことに。」
「よし、まずは弥四郎に案内させ、粥でも治部少に与えてやれ。わしは兄上に治部少の仕置を訊ねて参る。」
と、国康は岡豊へ向かった。

一方、秀家は弥四郎とともに基義の隠れ家に向かうと、擦りきれた衣を身に纏った男がすすけた顔で横たわっていた。
囲炉裏に掛けた鍋には蜘蛛の巣が張り、かげろうを喰っている。
「弥四郎か。」
基義は弱々しく声を掛けた。
「父上。」
弥四郎は基義のもとに駆け寄った。
「どうであった。降は叶ったか。」
と、基義は訊ねた。
どうやら基義は目が見えないようである。
弥四郎は答えに窮し、秀家を見た。
秀家は頷いた。
「お喜び下さりませ、願いました。」
と、弥四郎は答えた。
「良かった。良かった。」
基義は白く濁った眼に涙を浮かべた。
「父上、しばらくいたせば迎えが参りまする。ゆっくりとお休み下され。」
と、弥四郎は基義を寝かせた。
「弥四郎殿、粥の用意でもいたそうか。」
と、秀家は声を掛けた。
武技に疎い基義がここまで長宗我部氏に抵抗したことに、秀家はどこか感銘を受けていた。

さて、岡豊では国康が基義の処分を巡って、覚世と揉めていた。
覚世は、
「国康よ、すぐに基義の首を打ち落とし、亡父の墓前に捧げよ。」
と、命じた。
「恐れながら、兄上、もはや治部少は立つこともままならぬ身。到底、我らに逆らうことは出来ませぬ。まして、降を願い出でた者を斬っては、後々我らに降を願う者が現れなくなりまする。ここは寛大なるご慈悲を。」
と、国康は言った。
「国康、手ぬるいぞ。これほどまで我らに抗しておいて、成すこと尽きて許せとは虫がよいとは思わぬか。そもそも、そなたが手ぬるい故、無駄に時を費やしたのじゃ。基義の首を以て挽回せよ。」
と、覚世は罵った。
覚世は温厚な国康なら、きつく言えば従うと高を括ったのである。
ところが、
「確かに、こたびの不始末、この左衛門大夫にあり。治部少は敵将ならばその罪は無し。これ天道の理ならば、それに違えるは家門を汚すことになり。ならばこの左衛門大夫、天道に従いこの首を墓前に捧げましょう。」
と、国康は激しく言い立て、諸肌脱いて、脇差に手を掛けた。
国康の目は血走り、はったりではない。
「待て。」
覚世は周章てて国康の手を押さえた。
「何をされる。」
と、国康は怒った。
「それはわしの台詞じゃ。基義ごときの首でそなたが腹を切ることはない。わしが悪かった。そなたに命を粗末にするなと申したのはわしじゃ。それ故に時がかかったのはわし不徳じゃ。そなたにも基義にも罪はない。よし、基義の命乞い、承った。」
と、覚世は基義の降伏を認めた。

その夜、覚世は吉田周孝と酒を酌み交わした。
「今宵の般若湯は身に染みますな。」
と、周孝が言った。
「全くよ。今宵はほとほと身に凍みたわ。」
と覚世は昼間のことを思い出した。
「染みましたか。」
「ああ凍みたとも。」
「左様でござるか。それは良きことにござる。」
「ああ、良きことにじゃった。」
と、覚世は盃をぐいっと飲み干した。
国康のことがよく分かったような気がしたのだ。
「ほほう。今宵は進みますな。」
と、周孝は笑った。

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