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天15章 旭日落陽(その八) [天海山河]

 戦況は呼坂峠の麓、榊山というところで小競り合いがあったものの、決着は付かず、膠着状態となった。
「何ゆえ、あれほどの軍勢に勝てぬのじゃ。」
 房基はいらだって、家忠を咎めた。
 家忠は落ち着き払って、
「あの地は要害にござりますれば、大兵攻めがたく、寡兵をもって守りやすきところにござりまする。また、津野方は日に日に後詰の兵を増やしておりますれば、その勢いを増しておりまするゆえ、今、むやみに兵を動かしあれを力攻め致せば、わが方は甚大なる痛手を蒙りましょう。このこと土佐中に聞こえわたれば、ご当家の国司たるお立場が危うくなりまするゆえ、ここは時節を窺うが寛容にござりまする。」
 と、答えた。
 房基は先刻の敗北が余程悔しいのであろう。
「この様子を見て、時節を待てというか。」 
 と、怒りを露にしたが、家忠は眉一つ動かさず、
「はい、今は待つときにござりまする。」
 と、答えた。
 無論、家忠はただ待っているだけではなかった。
―おかしい・・・―
 と、踏んでいたからだ。
 なぜなら、津野方は蜂起したとしても動かせる軍勢はせいぜい二千ほどである。
 そのほとんどを仁井田、大野見方面に展開させているのである。
―姫野々はがらがらではないか。―
 家忠はこの津野方の不可思議な動きに本山の影を見たのである。
―ここは下手に攻め急がず、黒幕が動き出したときが好機よ。―
 そう考えた家忠は志和氏に書状を送り、その時を待った。

 一方、今橋三郎左衛門も本山実茂に書状を送り、出陣の催促をした。
 その頃、実茂は蓮池城の大平元国のもとを訪れて、
「こたびの戦、何卒大平殿にも御加勢願いたい。」
 と、申し出た。
 大平氏は一条氏とは縁の深い家である。
 元国はなかなか縦に首を振ろうとはしなかったが、そこは実茂、その饒舌を振るって、
「大平殿、ご当家はそもそも土佐の半国守護代のお家柄でありながら、土佐に一条殿が下向されて以来、土佐の西半分は一条殿のもの。ならば官職だけでもお与えになればよいものを、御身辺の加久見殿に土佐守の職を与える始末。まして土佐に一条あるは大平殿のおかげにも関わらず、御所殿はそのご恩をお忘れではござりませぬか。」
 と、訴えた。
 確かに実茂の言うとおりである。それに、本山は隣領吉良を滅ぼし旭日の勢いである。方や一条は津野を相手につばぜり合いを演じている。
 もし、加勢を断れば、自分も危うい。
 土佐中原に覇を成さんとする本山茂宗と、若干二十歳の一条房基では、どちらが有利か問うまでもない。
「相分かった。ご加勢いたそう。」
 と、元国は答えた。
 実茂は慇懃に礼を述べながら、内心ほくそ笑んだ。 
 このとき、本山氏には自兵を少しでも手元にとどめておきたい訳があったのだが、それはまた後で述べるとしよう。

 早速、実茂は大平勢の援軍を得て、まずは姫野々を目指した。
 その数一千騎。
 報せを聞いた今橋三郎左衛門は、
「よし、敵もこの要害はなかなか越えられぬと見える。実茂殿を姫野々にてお迎えいたし、軍議をもようそう。」
 と、陣を離れてしまったのである。
 この時を土居家忠は見逃さなかった。
「これは好機。戦上手の三郎左衛門が陣を離れたか。」
 家忠は三郎左衛門が姫野々に着いたころを見計らって、一気に呼坂峠の津野勢を叩いた。
 津野勢は総崩れとなり、仁井田郷の各所で敗走を続け、大野見城へと逃げ帰った。
 一条軍はそれを追って、大野見へと攻め込んだが、城将戸田長左衛門がこれをよく防ぎ、また、一進一退の攻防となった。
 ここに、三年にも及ぶ大野見の合戦が繰り広げられるのである。

 さて、この騒動を耳にして、慌てて船に乗り込んだ男がいた。
 


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by 言霊百神 (2015-02-07 22:23) 

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